【蕎麦湯】という SDGs
蕎麦湯とは、全然関係ないが、ラーメンの汁を残すのは、SDGs活動に反するのではないかという意見がある。おれも、納得。ラーメンの汁は、ラーメンの魂。ラーメン屋の親父が、粉骨砕身、作り上げた、芸術品である。その芸術品が、残され、捨てられ、色々の経路で経て、海の汚染につながる。
一方、ラーメンの汁を飲み干すと、塩分の取り過ぎで、健康に悪い。そのうちに、腎臓を傷め、腎臓透析で多量の水を使用するので、SDGs活動に反するという意見。なんやら、いちゃもんみたいたな意見だと思うが、そういう事実もあるのかもしれない。それなら、ラーメンなんか食べるなよと言いたいところだが、個人の嗜好の問題なので、そうもいかない。
つまり、SDGs活動は、嘘くさいし、うざったいし、いい加減なものである。
・・・と言いたいこと、言いたいのだ。世の中、猫も杓子も、馬鹿も、SDGsオンリーである。アホかとしみじみ思う。
前置きが、長くなったが、【蕎麦湯】について
蕎麦湯が飲まれるようになった理由
江戸時代に、庶民の日常について記した『本朝食鑑』に、蕎麦湯についての記述がある。「蕎麦を食べ過ぎても蕎麦湯を飲むと食あたりしないで済む」。『蕎麦全書』にも、信州ではそば湯は消化によく、江戸で蕎麦湯を「信濃風」として提供したら喜ばれた、との記述がある。消化を促すためや流行りの一環として、蕎麦湯が浸透する。
さらに、しかも、そのうえ、な、なんと!
蕎麦湯は栄養豊富
蕎麦は良質な植物性たんぱく質を豊富に含むほか、体の発育に欠かせない必須アミノ酸も豊富。さらにビタミンB1やB2、毛細血管を強くするルチンといった、さまざまな栄養素が含まれている。それらの栄養素は水溶性が多く、生蕎麦にたっぷり含まれていてもゆでている際にお湯へと流れ出てる。蕎麦の麺だけを食べたとしても、蕎麦の栄養を丸ごと取り入れらていることにはならない。
そこで蕎麦湯である。生蕎麦から流れ出た栄養素を豊富に含んだお湯は、栄養の塊。蕎麦湯を飲むことで、蕎麦の栄養をあますところなく摂取できるのさ。
で、つらつら、蕎麦湯の話をしたのは、何を言いたいかといえば、少し前までの日本人の暮らしは、SDGsそのもであったということだ。落語に【くずや】の話がよく出てくる。その昔、日本人は、紙屑さえ、再生利用したのだ。これがSDGsでなくってなんだよ。
国連がSDGsが提唱した時から、行政も、企業も、人々も、チャラチャラしくさって。もっと日本古来の暮らしの美しさを再認識しろということだ。そういう俺も、たまに食べる、くそ不味いラーメンだけは、汁だけでなく、麺も平気で残すがね。その昔、蕎麦湯を飲む彼氏を「受け入れられそうにない」と書いたブログが炎上したが、それと同じか。 人のふり見て我がふり直せ。
【弁慶】役って、誰やねん
鎌倉殿の13人の中で、【弁慶】役を演じる、役者を全然知らなんだ。弁慶役と言えば、歌舞伎の【勧進帳】でも、まさに肝である。それを、なんだか、よく知らん役者が演じているな不思議に思っていたが、今日知って、ビックリの助である。
佳久 創という役者である。愛知県名古屋市出身。父は、な、なんと我が中日ドラゴンズで活躍した元プロ野球選手の郭源治である。ドラゴンズファン以外は、寡聞だと思うが、名古屋人にとっては、希望の星であった。最優秀救援投手を獲得する活躍を見せ、鉄拳監督、星野仙一の信頼も絶大であった。当時、郭源治が登場すると、嗚呼、この試合はもう勝ったなと思ったものだ。
郭源治は、日本に帰化し、【佳久源治】となる。その息子が、佳久 創である。ラクビー選手として活躍していたが、左膝前十字靭帯を断裂する大怪我を負う。その後、芸能活動に専念する。一時期は、漫才コンビとして、M-1にも挑戦した。一回戦で敗退したが、その後、役者には、ありがちな艱難辛苦の末、『鎌倉殿の13人』で武蔵坊弁慶役を演じることになる。弁慶役が決まった際には、元々88kgだったの体重を、役作りのために115kgまで増量。お前は、ロバート・デニーロか。
何故に、NKHは、この事実を広報しないのか、摩訶不思議。広報すれば、名古屋地区の視聴率はぶっちぎりなのに。どうして。
【老後】という優雅な言葉は、もう死語。
うむ、韻を踏んでいるな。流石、吾輩。