どんこのアル中 日記

名古屋在住の【年金生活者】。方丈記&徒然草。

入院費、なんと81,520円なりけり。【哀愁の入院記 最終章】


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家人から、入院記のブログ、鬱陶しいと言われたので、これが最後でんがな、まんがな。

ある日の夕暮れ、病室のカーテンがサッと開き、初対面のロイド眼鏡の男が言った。

もう、退院できるよね?
明日か明後日、退院してもらいたいだけど、どっちがいい?

思わず、「はぁ?」である。俺は退院していいのかいな。そんなこと初めて聞くぜ!ベイビー。しょうがなく家人に電話をして、さすがに、今日の明日は、無理なので明後日にしてもらう。しかし、大学病院とは、スゴイ所だと実感した。心配は、医療費である。結構本格的な手術後をしたので、高価なのではないか?と杞憂した。

81,520円!

これも、思わず、「はぁ?」である。20日間入院して、大層な手術して、1日3食規則正しい生活して、看護師に玉金をギュッとされた結果が、81,520円。思わず、でたセリフ「やすーっ」。からくりはこうである。俺は「限度額適用認定証」の適用区分が「エ」。その自己負担額は、一か月57,600円。どんな手術をしょうが、高価な薬を使おうが、保険適用内なら、一か月57,600円。あとの差額は、食事代23,920円、一食460円。病院食は、不味いというのが定説だが、肉、魚とローテンションがあり、俺は満足だった。これなら、もう少し入院しててもいいかなと思った。そこが現代医療の闇である。ボケ老人の中には、退院したくないと駄々をこねる輩が多いと聞いた。その気持ちは、よくわかる。1日3食据え膳上げ膳、痛いと言えば薬を処方してくれる、カワイ子ちゃんの看護師が体を拭いてくれる。退院すれば、独居老人は孤独な生活、それ以外は家族の冷たい目が待っているだけである。そりゃ、入院してた方が、よっぽどましだ。入院費も年金でなんとかなる範囲である。これじゃ、国の財政が破綻するのも当たり前と、実感す。ボケ老人たちには罪なないので、どうにもならんが、終末医療のことを本気で考える時期だと実感す。

人間五十年と、信長も言っていた。人生100年は、やっぱ、どっか、なんとなく、可笑しいと実感す。退院日の紅葉はきれいであった。

PS この後、生命保険の爆撃がある。それは、また、暇な時にでも・・・。年中、暇だけどね。

JRAから、カレンダー届く。

JRA-VANから、2023年度のカレンダー届く。今年は今日まで来なかったので、抽選外れたかなと思っていたが・・・。しかし、毎年届くこのカレンダー。一応、抽選とは言っているが、応募者全員に送付していると思う。わざわざ、応募してカレンダーが欲しいと思う輩は、コアな競馬ファンだ。それのファンを天下のJRAが袖にするわけもあるまい。一応、応募が殺到したときの予防策と見た。「もれなく」なら、万が一足らなくなった時に、問題が発生するからね。
しかし、編集が凝っていていい。今年は、種牡馬。来年度は、サラブレッドと鞍上の騎手の組み合わせ。1月は、なんと【シンボリルドルフ×岡部幸雄】。シンボリルドルフと言われても、今の競馬ファンにはわからんと思う。俺にもよくわからん。岡部はなんとなく記憶にある。引退後調教師にはならず、競馬解説者みたいなことしてたけど、最近は見かけん。逝ったか?
2月以降は、今の競馬ファンでもわかるラインナップ。騎手では武豊ルメールが2回登場する。まぁ、順当なところだ。

2023年の競馬界は、如何に?そんなこと知るか!だわな。嗚呼、マイナス100万円男か、俺は!しかし、カレンダーの写真がいまいち。反省。次は、金杯で乾杯。毎年同じフレーズ。

人は、コミュニケーションがないと辛い。【哀愁の入院記⑥】


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ボケ老人たちとは、コミュニケーションが成立しない。うるさいよりもそちらの方が辛い。しみじみ、人はコミュニケーションを必要とするものだと感じた。
退院前にボケ老人から、解放され、コミュニケーション成立する患者の部屋に移動した。話が通じる。それだけで、なんとなくホットする。となりの患者は、俺の近所の寿司屋の大将らしく、会話も弾んだ。20歳から寿司屋の修行を初めて、50数年経過。今では、自分の店を持っている。回転寿司が人気の折、経営は苦しいらしいが、それでもお得意がいるらしく、なんとか継続している。膝を悪くしたそうで、来年の2月くらいに退院の予定らしい。まだ、店を続けるつもりなのかと尋ねると、幼い孫たちが、「じいちゃんの寿司を食べたい」と思うまで、なんとか続けたいの旨。なんだか、目頭が熱くなった。俺も食べに行きます!とおべんちゃらを言うと、「だたじゃないからね」と釘を刺された。さすが商売人。「あったりまえじゃないですか、ウニなんかどんどん注文しますよ」と言うと、「ウニは仕入れが高くて、赤字なんだ」。もう、シオシオのパー。しかし、会話が成立するだけで楽しい。ただ、若干ボケ気味で、俺が今住んでいる所を説明すると、「あそこね」と返事はするが、何回も同じ質問をしてくる。まぁ、ボケ気味でも寿司は握れるなら、まぁ、いいか。そろそろ退院の時期かな。

第53回ENEOS童話賞 再び、落選。リベンジの機会もなし。

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今年も落選。俺はどうも奇をてらうすぎる傾向はある。来年も、再挑戦と気意気込んでいたが、応募は今年限りなそうな。まぁ、厳しいガソリン業界を思うにしょうがないか。逆に53回も継続したことに、あっぱれ!
しかし、入選作は、やっぱ、いい。俺の作品は、足元にも及ばない。実感。来年は来年の風が吹く。・・・てか。

古い船を今動かせるのは、古い水夫じゃないだろう~。

「午後10時過ぎても、職員室の灯りがこうこうとついている。それも毎日」  小学校の脇に住んでいる友人曰く
今や、【教員】は、完全なブラックな業種。ますます、教師志望者が減少。オイラの大学時代、教師志望者は多かった気がする。俺は文学部なので、卒業してもまともな就職先はなかった。一時期「教職課程」の講義をを受けようと思ったが、正規の単位ではなく、追加。それも教育学部で講義を受ける。面倒くさいので、断念した。当時、教育学部には、唯一、早稲田の中では、カワイ子ちゃんのいる学部で、それはそれなりに、新しいロマンスが生まれかもしれん。・・・と書くと、家人に烈火の炎閑話休題

で、教師志望者が激減した影響で、各地の地方自治体が右往左往している。わが故郷、名古屋・愛知でもご多分に漏れず。どっかの、誰かの、書いた論文で、「国家の衰退は、教育から始まる」旨の論文を読んだことがある。それは、当然だろう。次世代を担う世代が育たないから。なんだか昭和人の立場から、考えるになんとも切ない。「教師は聖職」と言われた時期があったが、そこまではいかないにしろ、あの先生のお陰で今の自分があるなと思う方が何人もいらっしゃる。すでに鬼籍に入られた方も多い。それを思うとこの新聞記事は辛い。

おまけに、【少子化】。
緊急事態です。「日本丸の船長!新しい水夫がいません。古い水夫ばかりです」
♪~古い船を今動かせるのは 古い水夫じゃないだろう~
 古い船には、新しい水夫が乗り込んんでいくだろう~♪(by 吉田拓郎

どうする日本。どうなる日本。先生!教えてください。

日本人は、苦しむために、長生きをしている。【哀愁の入院記⑤】

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入院中、骨折だから、当然、レントゲン検査を数回する。待合室で順番を待っていると、目の前を、もう死んでいるじゃないかと思える老人がMRIの検査室に運ばれていく。入院中、ベットに寝たまま運ばれる老人を何人か見た。多分、みなボケ老人だろう。いずれ、俺もああなるのか、イヤだな思っていると、MRIの検査室の方が騒がしい。患者のボケ老人が暴れている感じだ。
そりゃそうだろう。MRI検査を受けた人ならご存知だろが、結構きつい。強力な磁石と電波を使って、磁場を発生せているので、その騒音がひどい。終始、騒音が続く。検査機器もトンネル状の装置で結構圧迫感がある。俺は、脳梗塞を発症した時、いやほど経験した。ボケ老人には、あの苦痛を我慢せよというのは、無理な話。暴れるも無理はない。(うむ、ちゃんと韻を踏んでいる)
どうやら検査をあきらめたようで、再び、目の前をベットに寝たきり状態のボケ老人が運ばれていく。俺は、ふと疑問に思った。なにゆえに、彼はMRI検査を受けるのか?もし、検査を受けて異常なところが見つかれば治療をするのか?仮に、奇跡的完治した場合、彼は、今後、「なんのために」生きていくのか?
検査に呼ばれたので、検査室に入った。ベットに寝てくれとレントゲン技師が言う。股関節の骨折だから、ベットに寝るのも一苦労だ。はっきり言って「痛い」。それでもレントゲン技師は、次が詰まっているらしく、催促気な、涼しい顔である。この野郎と思った瞬間、先ほどの疑問が解けた。

苦しむために、生きていくのだ。

病気のボケ老人に、まず未来はない。ただ、苦痛と戦い続けながら生きていくしかない。たとえ、本人が死ぬこと希望しても、我が国では、法律が許さない。医学の進歩がそれを支える。よくアルツハイマー認知症の新薬の研究が進んだとかのニュースをよく聞く。はたして、それはいいことなのか?新薬が画期的なものだったとしても、現状維持が精いっぱい。つまり未来はない。そんな研究になんの意味があるのか?本人はともかくアルツハイマーの家族とっては朗報か?介護の苦しさが、いたずらに延長されるという悲しい現実が待っているだけである。まもなく、新年だか、今年も喪中欠礼の葉書が何枚も来た。いずれも80歳以上、半数は90歳以上、中には、100歳以上も珍しくはない。まさに、人生100年時代が実証されている実感。
確かに、医学の進歩はいいことだが、それが人間の幸福につながっているのか?俺には、なんだか逆のような気がしてくる。iPS細胞の研究は、人間の寿命延長には、寄与したが、幸せの延長には寄与していない。不幸の延長に寄与しているのではない?
技術の進歩は素晴らしいが、それに付随する哲学の進歩が追いついていない現状である。「核の恐怖」を身近に感じる時、それは明白である。

いったい、いつまで生きればいいのか?

MRIの検査室で暴れたボケ老人は、それを言っている。なんとも言えない。そんなことを考えながら、放射線を浴びた。俺の股関節の骨密度は、同世代の70%程度。そりゃ、軽く転んだだけで、ポキポキとなるわな・・・。その事実を知っても、骨折は治らない。一生、ビッコで生きていくしかない。今回は、少々、深刻な話になった。反省の日々。

冬の花火 in NAGOYA

       

名古屋の冬の風物詩【名古屋港のクリスマスイブ花火】 冬の花火って珍しくないかい。名古屋人は、長岡人より、花火が好きなもんで、冬でもやるんだわ。寒さに震えながら、花火を見るなんて、たわけだと思うけど、冬は空気清浄機のせいで、夏よりキレイに見えるんだわ。暇なら、ちょっと見てちょ。メリークリスマスだでかんわ。

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老いてこそ、デジタルを。

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思わず、唸った。まさに真実。体が不自由で、外出もままらないジジババにこそ、スマートフォンの類は、有効である。Amazonでも、スーパーのバローの生鮮食品が買える。なにも大変な思いをして、スーパーに出かける必要もない。スマホで購入できる。
しかし、問題ある。老人の使用を考えてのインターフェースではない現状だ。やたらややこしく、操作もウザい。俺のような65歳のボケ老人でもお手上なのに、それ以上年上のボケ老人には、100%無理。
これから、ますます高齢化を進む現状にあっては、老人にも簡単に操作できる仕組みが必要である。若者向けにつまらんアプリを開発しているなら、老人向けのアプリに着手しろよ。先進国では、もっとも高齢化が進む日本にとっては、有効なニッチ市場である。
デジタルは、すべからく若者向けというバイアスを排除して、まさしく【老いてこそ、デジタルを】に真剣に取り組むべきである。ジジババは、若者より、確実に可処分所得は多い。それこそ、【宝の山】と思うがどないだ?
蛇足。著者のこのババア、ACのCMに出演していたが、確かにスゴイ。今も、世界中を講演して回っているそうな。年長者の言葉には、老人の戯言みたいなものが多いが、これは真実。【老いてこそ、デジタルを】その方が儲かる。資本主義の原則だ。

嗚呼、嗚呼、嗚呼、ルメールか・・・・・・・・・・・・・。

今年の有馬記念【イクイノックス】。鞍上は、ルメールああああああああ、ルメールか。2005年のクリスマス有馬記念ディープインパクトに初めて土をつけたのが【ハーツクライ】。鞍上は、ルメール。なんで、そこに気が回らなかったのか。俺としたことが・・・無念。今年は、ハーツクライ産駒が出馬しないので、選択に迷った。いつもなら迷うことなくハーツクライ産駒だったが、鞍上にまでは、考えが及ばなかった。今年はエリザベス女王が逝去されたので、エリザベス女王杯を勝った【ジェラルディーナ】に運命を任せた。3着なので、あながち間違った選択ではなかったが、日和った己が許せん。許せよ、ハーツクライ

【イクイノックス】の馬名の意味は「昼と夜の長さがほぼ等しくなる時」。意味わからん。せめてもの捨て台詞。
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年末に、地獄を見た。来年は天国に逝きたい。いや、見たい。

来年の正月は、【箱根】と【国立】の二本立て。

あらら、勝ってまったでいかんわ。久々のお正月【箱根】と【国立】の二本立て。楽しみ~!

ボケ老人カルテット 【哀愁の入院記④】


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入院中は、4人部屋。俺は不眠症なので、個室を希望したが。差額ベッド代1万円と意外に高い。大学病院は、そんなもんかなと、断念。ちなみに、一番高い部屋は、15階で眺望抜群、和室もついている。料金、1日11万円。かって、クライアントが入院した時に、この特別室に入院したらしいが、見舞いに行った上司が「すごいわ」と言っていた。ちょっと見たい気もしたが、コロナの影響か、階の移動は原則禁止なので、これも断念。
さて、4人部屋だが、俺を含めて、全員ボケ老人。整形外科は老人が多い。老人は骨を折りやすいのだろう。一人は完璧なボケ老人A。後2人は、半分ボケ老人BとC。そして俺の4人。Aは、ほとんど意識はなく、カーテン越しに拝見すると、口を完全に開けている。一瞬、死んでいるのかと思うくらい。しかし、食事はする。当然、自分では食べれないので、看護師が食事の補助をする。年配の看護婦が来ると食べない。男の看護師が来ても食べない。若い可愛い看護婦が来ると素直に食べる。ボケ老人とはいえ、そういう部分ははっきりしているなぁ~と人間の奥深さに感心した。さて、このジジイ、夜になるとすごいいびきをかく。昼間は、静かなのに、夜になるとすごい。まさに轟音。聞けば、ボケ老人のイビキは、そんなもんらしい。皆、迷惑しているが、なんともならん。次に、半分ボケのBとCだが、Bは、なんとなく看護師にも好かれているようで、最初は好印象だったが、妄言がスゴイ。起きているのか、寝ているのか、よくわからないが、独り言をしゃべる。まぁ、昼間はいいのだが、夜になると「**子! **子!」と女性の名前を叫ぶ。**子は、多分奥さんの名前と思うが、もし違ったら、たいしたジジイだ。Cは、点滴オヤジ。点滴の針を抜く。そのたび「チンチロリン」と警告音が鳴る。昼間はそうでもないのだが、夜になると繁茂である。そのたび、看護師がバタバタと走って来て、「針、抜いちゃダメせしょう!」と夜中なのにデカい声で怒る。お前の声がよっぽどうるさいじゃ!と思うが、ここは我慢我慢。ところで、このジジイのスゴイ事は、ちょうど看護師がナースセンターに帰る絶妙なタイミングで「チンチロリン」を鳴らす。一瞬、わざとではないかといぶかったが、半分ボケ老人には、その能力はないと思うが、わざとなら、それはそれで尊敬に値する。最後の俺だが、単にボケているだけで、静かなものである。たまに小便を漏らして、ナースコールをするくらいである。
さて、深夜。Aは、イビキの轟音。Bは「**子! **子!」と叫ぶ。Cは「チンチロリン」である。俺もたまに粗相をしてナースコールする。まさにボケ老人のカルテット。眠れない、地獄のような夜は長い。

あえて、【蜜柑泥棒】の汚名をきて。

我が家の周囲には、蜜柑の木が多い。散歩の途中で必ず目にする。これは、別段、蜜柑を栽培されているわけではない。言わば、【税金逃れ】の結果なのである。
1991年に施行された生産緑地法により、宅地化が急に進んだ地域(三大都市圏)の農地や森林保護を目的に30年間農林漁業用地と指定することで、宅地並み課税をしない代わりに、その土地を農林漁業用地として使うことを義務付けた土地の事。それ故、住宅街の中に整然と蜜柑の木が植わっている。蜜柑の代わりに梅の木も多い。
そういう法律があるなら、しょうがないが、せめて植えた蜜柑に責任持てよと言いたい。税金逃れという目的のため、収穫はどうでもいい。収穫時期を迎えたにも関わらず、収穫されることなく、地面に落ちて、腐っていく蜜柑のなんと多い事よ。悲しくなる。せめて収穫して、自分とこで食べれないなら、ご近所に配ってやれよと思う。
突然だが、俺は、仁義を重んじる男だ。だから【仁義なき戦い】は嫌いだ。関係ないか、地面に落ち、腐っていく蜜柑を見るのは忍びない。せめて、俺が喰ってやろうと思い、落ちた蜜柑を拾っていたが、さすがに地面に落ちた蜜柑は、辛いものがある。どうせ落ちるなら、落ちる前に採ってもいいじゃんと思い、木についた蜜柑をもいでいた。そのうち、もぐのも大変なので、ハサミを持っていって切ることにした。蜜柑の木は、そこらじゅうにある。収穫には、困らない。挙句、我が書斎は蜜柑だらけになった。当然だが、スーパーで買うより、酸っぱい。おまけに、蜜柑の内側の皮が歯に挟まり、どうにもならん。挙句に、家人に言われた。

「それって、蜜柑泥棒って、ことじゃない?」

確かに言われれば、そうである。不安なりに弁護士をしている友人に相談すると、「それは、立派な犯罪。禁固3年執行猶予1年」と言われた。俺の「仁義ないうんぬんの」世界ではない。完全な泥棒である。しかし、弁護士の友人は、その後、恐るべきことを言った。

生産緑地法」に守られている「農地扱いの土地」は、30年を経た2022年以降、農地の適用が外れる時期が来るので皆、困っているんだ。俺と一緒に、その農家さんたちの相談に乗らない? 報酬は、う~ん1割やるからさ・・・・。


俺は、黙って電話を切った。そして、書斎の蜜柑を食べ始めた。あまりにも大量なので、全部消費するのは、随分先だ。

マーマレードにしてあげようか?

・・・とやさしき家人は、言ってくれたが、これは俺の責任。全部、生で喰うと宣言。多分、全部喰いきるのは、うさぎ年。うさちゃんは、蜜柑、食わないかな・・・。師走末のおそ松君。