どんこのアル中 日記

名古屋在住の【年金生活者】。方丈記&徒然草。

【SAS】と一緒に 青春時代を過ごした幸せ


サザンオールスターズは、俺が大学一年の時、「勝手にシンドバッド」で衝撃的なデビューをした。続く、「気分しだいで責めないで」も悪くはなかったが、2曲とも、なんとなく「コミックバンド」のレッテルを貼られた。そして、3曲目「いとしのエリー」。初めて聴いた時の衝撃!

なんじゃ!この歌!

完璧なバラード。ビートルズの「Yesterday」に匹敵する完成度。「コミックバンド」のレッテルを完全にはがした、昭和の名曲。今でも、冒頭のコーラスを聴くだけで、大学時代にタイムスリップ。楽しかった青春時代が瞬時に蘇る。(By年金生活者) 後の俺の大好きなドラマ「ふぞろいの林檎たち」の主題歌になったことも、たまらんかった。
明石家さんまは、この「いとしのエリー」を3曲目にリリースしたことは、桑田の周到な計算であったをあったと指摘している。桑田自身は、否定しているが、天才明石家先生が間違えるわけない。その後、SASの人気は、うなぎパイ
今日まで、その人気は、衰えない。驚きを通り越して、畏怖さえ覚える。なんたる桑田の才能。そして、あの軽妙さ。下ネタギリギリの意味深な歌詞。そして、歌の巧さ。
俺は、同時代にデビューした影響が、初期の曲に心惹かれる。「いとしのエリー」」が収録された1stアルバム「10ナンバーズ・からっと」が一番好きだ。
(桑田自身は、一番嫌いと言っている。荒削りだから、完成度という点では、アーティストのプライドが許さないか)ジャケット写真もなんとなく、70年代風の暗いフォークのイメージを引きづっており、俺の好みだ。このアルバムには、「いとしのエリー」に匹敵する名バラード「ラチエン通りのシスター」も収録。ラチエン通りとは、茅ヶ崎の国道1号線と海岸の国道134号線を南北に結ぶ道で、ルドルフ・ラチエンというドイツ人貿易商の別荘があったことから曲名に。ラチエン通りの近くに住んでいた桑田佳祐の小中学生時代の同級生の女性を歌った曲。その後「ラチエン通り」は正式名称になる。
その後、SASは何度か休止期間を経ながらも、人気を維持。桑田自身も、ソロ活動したり、独自のバンドを組んだりして、その活動の幅を広げる。
デビュー後、だいぶたってから、そろそろ「いとしのエリー」のようなバラードを聴きたいなと思っていた矢先、俺の願いをかなえるように、「TSUNAMI」をリリース。これにも完全にはまる。「見つめあうと 素直にお喋りできない」の歌詞に思わず、唸った。「お喋り」という言葉を選択した桑田のセンス。なんともはや。
ここ最近、メッセージソング的な歌が多い。桑田自身、平和についてメッセージを発信している。ジョン・レノンの真似か?俺は、あんまり好まない。俺にとっては、デビュー時の「いとしのエリー」と「勝手にシンドバッド」の頃が最高である。俺自身の進歩がないということかな。

余談① 若かりし頃、配偶者と2回、SASのコンサートに行った。後にも先にも2回行ったのは、SASだけだ。前座で長渕剛が「純子」を歌っていた。
余談② 結婚披露宴BGMは、オールSAS。出席者から、しばらくはSASを聴いたくないと言われた。
余談③ もう成人した子供たちから、子どもの頃、SAS竹内まりや、ばっかり聴かされたと苦情。(竹内まりやのことは別の機会に)

そんなこんなで、SASと一緒に青春時代を過ごした幸せをかみしめる、年金生活者の俺。エリー!