どんこのアル中 日記

名古屋在住の【年金生活者】。方丈記&徒然草。

そうか、拓郎か、納得。 ~俺的「どうする家康」へのめり込み

     
古沢良太。「リーガルハイ」「コンフィデンスマン」等、なかなかユニークな作家だと思っていたが、「どうする家康」のドはまり、自分でも不思議だった。Xのコメント見て合点がいった。
【♪~暗い暗い路地が見える
野良犬さえも臆病がって
どこへ続く道かはしらぬ
行ってみよう己の足で
生まれてきたんだ何故かは言わぬ
生きねばならないとやかく言うな~♪
物語のモチーフの一つだった吉田拓郎「証明」】
そうか、拓郎か。ストンとココロに落ちた。昭和32年生まれの俺は、拓郎バッチリ世代。メロディーもさることながら、その歌詞の奥深さに共感した。デビュー作の「イメージの詩」の一節 ♪~自然に生きているなんて、なんて不自然なんだろう~♪に1発でやられた。・・・ということは置いといて。
吉田拓郎は、開拓者であった。音楽界の言わば異端児であった。俺は、そんな拓郎が大好きだった。吉田拓郎=不自然=古沢良太。そりゃ、のめり込むはずだわ。
♪~どこへ続く道かはしらぬ
行ってみよう己の足で~♪
この歌詞が胸に染みる。古沢良太の覚悟が見える。「人間を一面的に解釈する歴史観がすごく嫌だった」の古沢良太。俺も、そのタイプだ。従来の固定概念のアホを見ると虫唾が走る。言わば、固定概念の塊りの大河ドラマが、勘弁ならん!という気持ちだった。(俺の勝手な推測)
初回の「どうする桶狭間」篇。なんだろう?の松潤家康。これは、従来の大河ドラマファンの宣戦布告。早稲田大学第一文学部演劇専攻の俺は(これしか取りえない俺、御免)、その挑戦状を受け取った。後は、スブスブ。
拓郎も「結婚しょうよ」の大ヒットで、従来のフォークファンから非難轟轟。かくゆう俺もコンサートで「帰れコール」を叫んでいた。まぁ、今の「史実論者」と同じである。変化に対応できないものは頑固な批判者になる典型である。
「どうする家康」は、古沢良太の自らの「証明」だった・・・とは、うまくまとめ過ぎか?
♪~暗い暗い路地が見える
野良犬さえも臆病がって
どこへ続く道かはしらぬ~♪

そこに進むのが、人生。令和5年 大晦日