どんこのアル中 日記

名古屋在住の【年金生活者】。方丈記&徒然草。

源頼朝は、名古屋産まれらしい 【鎌倉殿の13人】


源頼朝の父は源義朝、母は名古屋、熱田神宮の大宮司 藤原季範の娘、由良御前。季範の別邸は、熱田神宮のすぐ西隣にあり。由良御前も実家の熱田で頼朝を出産したらしい。戦国時代になってこの別邸跡に建てられたのが誓願寺


さて、もうひとつの頼朝誕生の伝説地。名古屋市瑞穂区名古屋市地下鉄の「妙音通駅」近くにある龍泉寺


龍泉寺表門の脇に亀井水という井戸があり、石碑が建っている。「源頼朝公 産湯の井と伝ふ」と伝えられている。


まぁ、英傑の生誕地がそこかしこあるのが、歴史の常だが、どうやら、名古屋で生まれたことは、確からしい。頼朝の父、義朝は、平治の乱で敗北、都を落ち延びる道中、名古屋の南にある知多半島野間大坊で家人に裏切られ入浴中に謀殺される。最期に「我れに木太刀の一本なりともあれば」と無念を叫んだとされる。義朝の墓はその終焉の地であるの野間大坊の境内にある。上記の故事にちなんで多数の木刀が供えられている。

中学時代に、この「野間大坊」に遠足にいった。当時は、そんな歴史的背景があるとも知らず、「なんやねん、この木刀の山」とうそぶいていた。まぁ、若い頃は歴史なんぞに興味はない。過去はどうでもいい。未来がある。しかし、老年期なると過去しかなく、こんな歴史の逸話が身に染みる。