どんこのアル中 日記

名古屋在住の【年金生活者】。方丈記&徒然草。

俺は、かって【PRプランナー】だったのさ。(過去形)

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めずらしく、懐かしい友人から短信があったので続きを書く。

PRプランナー

21世紀を迎えた現在、「PR(パブリックリレーションズ)の時代」といわれ、各企業・団体において広報・PR活動の重要性が見直されつつあります。
とくに企業の社会的責任(CSR)が厳しく問われる時代にあって、広報・PR活動はパブリシティやメディアとのリレーションだけでなく、経営戦略、コンプライアンス、IR、危機管理、マーケティングコミュニケーション、ブランドマネジメントまで広範囲にわたり、企業経営や団体運営の中枢に直結した業務となってきました。
こうした時代や社会のニーズに今後どう応えていくかが、広報・PRの仕事にとっては、差し迫った課題だといえます。
公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会 では、広報・PRに対する期待の高まりや責務の大きさを受けて、広報・PRに携わる者の意識・知識・技能の向上をはかるべく、2007年より「PRプランナー資格認定制度」を導入し、そのための検定試験を実施しております。
本検定試験は、企業、団体、自治体、PR関連会社などで広報・PRを担当している方はもちろん、広報・PR業務に関心をいだく社会人・学生を対象に、広報・PRの基本的な知識から実践的なスキルまでを検定し、「PRプランナー資格」「准PRプランナー資格」「PRプランナー補資格」を認定するものです。
公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会 HP

俺が、【PRプランナー】の資格を取得したのは、晩年である。55歳で、「早期退職」と言う名のリストラに会い、求職活動をしていた。55歳ともなると、それまでキャリヤを生かせる仕事はほとんどなく、途方に暮れていた。幸い、某大学の広報の仕事を得ることができた。その大学が創立50周年を迎えるにあたり、マスコミに強い人材を募集していた。俺の能力がたまたま、そこに、はまった。創立50周年も無事終了して、ひと段落した。俺の雇用形態は、【任期制職員】というもので、一年契約で最長5年まで延長可能というものであった。俺には、その後も仕事を続けたい希望があったので、「一丁、箔をつけるか!」ということで、【PRプランナー】の資格にチャレンジすることにした。
【PRプランナー】の資格は民間資格なので国家資格のように、就職等に有利になるわけではないが、「一応、広報のエキスパートでんがな」とデカい顔ができる。試験自体は、たいして難しくないが、最終的な【PRプランナー】になるには、けっこう面倒くさいし、お金も結構かかる。

難易度に応じて1次~3次試験まであるが、3次まで合格しなくてもそれぞれの試験に合格すれば称号がもらえる。

1次合格 → PRプランナー補 2次合格 → 准PRプランナー 3次合格 → PRプランナー
3次試験に合格してはじめてPRプランナーと名乗れる。


PRプランナーの受験料

1次試験:11,000円 2次試験:17,600円 3次試験:13,200円

また、受験地が面倒くさい。2次試験までは、俺の地元【国際都市 名古屋】でも受験可能だが、3次試験は、年に東京で2回、大阪で1回開催されるだけである。俺は1回落ちて、2回目で合格した。原因は、明確である。お酒である。1回目は、東京品川の超近代的なビルであった。不幸なことに、2階に蕎麦屋があった。試験は午後からである。俺は、昼の蕎麦屋酒が大好きである。解放感を感じる。この日も試験前にもかかわらず、熱燗を一杯やってしまった。今から考えれば、この時すでにアル中の萌芽があったのだろう。試験は、パソコンとUSBが渡される。USBの中に試験問題があり、回答もUSBに書き込む。初めて接する試験システムである。当時は、「おお、さすが、PRプランナーの試験だぜ!」と恐れ入り谷の鬼子母神だが、今、考えると、どってことない。

【3次試験】
広報・PRに関する実践技能

課題A ニュースリリースの作成
課題B 広報・PR計画の立案作成( 課題Bは「コーポレート課題」もしくは「マーケティング課題」から1つ選択)
【試験方法】
課題A・B各1問/試験時間180分(各自時間配分をして2つの課題の解答を作成)

【合格基準】
正答率 60%以上(課題A・Bの総合評価が45点以上(60%以上)、かつ各課題の評価がいずれも50%以上)

試験開始と同時に、他の受験生は、機関銃のように、パソコンを打ち出した。俺はパソコンのタイピングが全然だめである。しかも、禁断の熱燗一杯のせいで、尿意に襲われ、どうも試験に集中できない。結果は、明白。不合格。受験料と往復の新幹線代が飛んだ。やれやれ。もうやめにしようかなとおもったが、2次試験までの費用が無駄になるのも、なんだかしゃくさわるで、2回目の受験をすることにした。1回目の失敗に懲りて、大阪で受験することにした。大阪城の近くのこれも超近代的なビルであった。で、2階に【銀座ライオン】があった。ビアホールである。何故か、2階にある俺の墓穴。前回の失敗もあるので、ここは、さすがに我慢の助。試験も前回は、タイピングにこだわったが、もう無理なので、カット&ペーストを多用して、なんとかしのいだ。試験が終わり、大阪はなかなか来る機会がないので、少し観光でもしようかなと思ったが、地理もよくわからんし、試験で疲れたし、不合格の予感もあったので、試験前に我慢した【銀座ライオン】で、ハーフ&ハーフを飲んで、そのまま寂しく独り帰った。後日、合格通知がきた。
【PRプランナー】の資格も得たし、これから広報の仕事をバリバリするぜと意気込んだ途端に広報の職を解かれた。わけがわからないよ、という感じだが「うちの方針に合わない」という抽象的な理由である。俺が、広報担当になってから、パブリシティの獲得はうなぎ登り。HPも随分と見やすくなった。でも、そんなの関係ねぇ!らしい。要は、創立50周年行事が無事終了したので、お役御免ということである。一年契約の任期制職員だから、雇用契約の終了を告げられれば、なすすべがない。大学のような教育機関でも、人材の使い捨てをするのかと思ったが、任期制の講師なども平気で使い捨てにするから、ああ、そんなもんかと思った。
残り1年を残して、ミントン ハドンホールのコーヒーカップを残して、大学を去った。送別会は断った。苦労して取得した【PRプランナー】の資格も、宝の持ち腐れになった。俺の登録番号が1700番台なので、今、世の中には、多分3000人くらいしかいない貴重な存在と思うが、今更ジロー。
【PRプランナー】の資格は、3年毎に更新しなければならない。その料金は11,000円。結構高い。もう広報の仕事をする幸せもないだろうから、更新は断念した。だから、【過去形】。そして、俺は、アル中になり、精神病院に入院。

世の中なんて、こんなもんさ。故 水木しげる曰、やれやれ。



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