どんこのアル中 日記

名古屋在住の【年金生活者】。方丈記&徒然草。

その昔、【飛騨川バス転落事故】という最悪の事故があった。

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飛騨川バス転落事故
1968年(昭和43年)8月18日未明、岐阜県加茂郡白川町河岐の国道41号において生じた土砂災害によるバス事故。名古屋市内から乗鞍岳へ向かっていた観光バス15台のうち、2台のバスが、集中豪雨に伴う土石流に巻き込まれて、増水していた飛騨川に転落し、乗員・乗客107人のうち104人が死亡。日本のバス史上における最悪の事故である。

バスの乗客107名のうち104名が犠牲、生存者3名という、死亡率100%に近い、バス事故史上最悪の惨事である。なんと、この俺は、父と叔母さんと三人で事故をまぬがれた他のバスに乗っていた。当時、小学校5年生である。深夜のバスの中で、雨がいっぱい降っていて嫌だな~と思った、かすかな記憶がある。明け方、先方のバスが川に落ちたと聞いた。土砂崩れで先には行けないので、名古屋に戻るということになった。今なら、ドキドキものだが、小学生の俺は、多分、無知で平気だったのだろう。家に帰ってきて、新聞の号外の束を見て、はじめてスゴイ事故だと知った。この号外を題材にして、夏休みの自由研究にした。まだ手元にある。事故のことは、雨が降っていて、バスが2台、川に落ちたという簡単なことしか書いていない。その代わりに、帰り道、下呂温泉に寄って、玉子丼を食べて、とっても美味しかったなどと書いている。まぁ、小学五年生の印象なんて、そうなもんだろう。
当初は、父と母と妹の一家四人で行く予定だったが、前日に妹が熱を出して、母と妹の代わりに叔母さんが行くことになった。今思えば、事故にあわなくて本当に良かったと思う。俺と父が死んで、母と妹が二人残された可能性もあるかと思うと、正直、びびる。当時の母の心中は、いかばかりか。
事故から50年以上の月日が流れ、事故の記憶も風化した。今般の猛威をふるう自然災害に接する時、この事故のことを、ふと思い出す。
数人の遺体は、飛騨川、木曽川を下り、伊勢湾を流れ、知多半島で見つかったという。まもなく8月18日を迎える。事故を免れた幸運を思い、静かに黙とうをしよう。合掌。

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