飛行機嫌いなのに、皮肉にも台湾の航空事故で死ぬ。飛行機事故で逝くなんて、なかなかできないこと。なんだか、脚本家らしいか。享年51歳。8月22日の命日は、【木槿(むくげ)忌】。
わずか3作の短篇小説「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で第83回直木賞を受賞。一冊も単行本を出版していないのにである。なんとも鮮やか。
イヤらしい話だが、俺の向田邦子のイメージは、【黒の水着姿】。はじめて見た時は、ハッとして、グッときて、思わずその美しさに胸がうずいた。3か月分のお給料で、アメリカの雑誌で見かけた、黒いの飾り気のない水着を買った。俺は、その黒い水着の写真を何度も眺めてしまう。イケてるのである。イヤらしい気持ちではない、美術作品を鑑賞する、そんな気持ちか。違うか、やっぱりイヤらしい目か。
誕生日は、11月28日。俺と同じ。この日は、美女が生まれる日だ。伊沢蘭奢、田中絹江、松雪泰子 、原田知世、あべ静江、松原みき、安田成美。男はたいしたのがいない。松平健というスペシャルがあるが。しかし、美しい。しかも才能がある。同じ作家仲間の評判もいい。なぜか【樋口一葉】の姿がタブる。
『銀座百点』に【父の詫び状】を連載する時は、乳癌の手術の輸血による肝炎と、右腕が動かない後遺症で、左手で執筆していたというから、凄まじい。
向田さんは、素敵な老人になれる人だった。素敵に老いることは人生最後の大難事だが、向田さんは絶対になれる人だった。これも惜しいことのひとつである。
老人ホームきっての人気者で、相手をしてもらたい人が多くて、なかなか順番が回ってこないかもしれないが、じっと順番を待っていたのに・・・
山藤章二 追悼文
生きていれば、今年92歳。上品な昭和の香りのする女性であった。8月22日には、木槿の花を飾ろう。合掌。